榊英雄の有罪判決を受けて
このレターは、noteに投稿したものと同じ内容です。シェアしやすい方をしてもらえると嬉しいです。
2026年3月6日、睡蓮みどりさんと、カメラマンの早坂さん、脚本家の港さんと榊英雄の判決を聞きに東京地裁に行きました。
(このレターには性暴力被害の内容が含まれます。ご注意ください。)
私も榊に被害届を出していて、この判決結果によって私の被害届が起訴が不起訴か決まる、と警察から言われています。
2022年に、榊が性暴力被害者を描く映画を公開するとなって、さすがに許されることじゃないと被害を告発しました。
2023年に警察から連絡が来て調査に協力してほしいと言われ、2024年に逮捕、その後私も被害届を出しましょうと警察の方から言われ提出、受理。
2016年に被害に遭った時、2022年に告発した当初、まさか警察が動いて逮捕され、有罪になるなんて可能性にまったく思い至りませんでした。
その立場からすると、今回有罪判決が出たことは自分の中で一つ大きなことです。
ただ、被害から10年経った今でも私は映画の現場なんていけないですし、後遺障害の影響で仕事もできていません。(障害者手帳を取得しました)榊は即控訴しました。冤罪と闘うと前回の公判の際述べています。
俳優の高畑裕太が逮捕された際、榊は高畑が出演しているドラマの監督で、対応に追われていました。ちょうどその日、テアトル新宿で私も出演していた榊作品の上映があり、舞台挨拶のため私たちは一緒にいました。
高畑について、「ああいうのは絶対にやったって言っちゃだめなんだ」と力強く呟きました。それを今の今も突き通しているんだと思います。なので、彼が反省をなにもしていない姿勢には驚いていません。
8年、長いように思えるけれど、被害に遭ってから10年か、と考えるとそれだけでまた出てきちゃうのかとか、出てきたら真っ先に殺しにくるだろうなとか考えます。
正直、このあと自分の被害届が起訴になっても不起訴になってもきついなぁという気持ちです。
一応、一区切りがついたとは思います。今日は家でニュースを1人で見るより、仲間たちといた方がいいと思って裁判所に来ました。原告となった二人の俳優さんには本当に申し訳ない気持ちと、ありがとうという気持ちと、どうかきちんと治療に繋がれていますようにという気持ちなどいろいろあります。
また、今回の原告は二人ですが、これは日本における性暴力の立件のハードルがとにかく高いということと大きく関係していると思います。以前にも書いていますが、私が告発した当初自分も被害にあった、という声は30件以上届きました。私の元に届いただけでこれだけの数です。
被害届を出したけれど起訴には至らなかった、という被害者も何人もいる。
告発当初から今日まで、本当にたくさんの方に支えていただきご協力いただきました。まだ回復は終わっていないけれど、実刑判決が出たことで一区切りであることはたしかです。ありがとうございました。
判決の日の夜と朝に思っていること
体が痛くて、精神状態がぐちゃぐちゃで、死にたいの波が襲ってくる。大丈夫になって、またすぐに死にたくなる。みどりちゃんもずっと、肩が痛いと言っていた。被害を受けた時の影響なのではないかと思う。被害時に起こった逃走闘争反応の影響で、ずっと体、特に肩に力が入ったまま時間が止まっている。私の場合は、肩から背中にかけての部分から「逃げたい!ここから逃げ出したい!」という訴えが聞こえてくる。どうしようもない、被害の時のまま止まっているのは心と、体と、神経と、時間。これが被害の影響なのかもしれないと分かったのはやっと最近。それからたまに、少しだけ自分の体を敵だと思わなくなった。これは被害時に自分を必死に守ろうとした防衛反応の結果だ、そう理解して少しだけ楽になった。だけど、今日みたいな大きな出来事がある時は、そんなことはまたすっかり忘れて、元に戻ってしまう。今に戻って来れなくなってしまう。
昨年末にこの件の公判があり、判決日が3/6であることを知りました。すでに国際女性デーの日の仕事を受けてしまった後に知り、どうしようか悩みました。年末の公判ニュースですら、他の人のSNSや自分に配信されてくるLINEニュースで名前や顔を見てしまって、ひどく不安定になった。公判の度にこうだった。ある程度の著名人だからニュースになってしまう。結局急性虫垂炎で緊急入院・手術となったことで8日の仕事は辞退させていただきましたが、今の自分の精神状態を見るとこれで良かったと思う。(関係者の方にはご迷惑をおかけして申し訳ないです)
声をあげたり、被害後に裁判をしたりなどは、本人にとって本当にいいことが全くないどころか、ほぼ100%後遺症を悪化させるというのが現実だと思う。
さらに、まともに働けていないのにこういうアクションには常にお金がかかる。さらに「そういう手法で稼いでいる」とかまで言われる。
応援してます、って言うだけで現実に金銭でのサポートをしてくれる人なんてほぼいない。本を出してもイベントをしてもきてくれない。でも、「応援しています、声をあげてくれてありがとう」と言ってくる。手に入るのはそういう被害者を利用した社会を良くするための消費だけだと思う。
私はもう疲れた、できればもうこういうことをやりたくない、でもやらないと被害者支援はまったく進んでいかず、誰も訴えず、私自身の生活が救われることもない。「しんどいならやめたら」と気軽に言ってくる人たちがいる。やめたら楽になるならやめたい、しかしやめたら今全くない被害者支援が作られていかないのが現状じゃないか。
早く被害者が何もしなくてもきちんと病気が回復して、仕事して自立して暮らしていけるような社会をつくってほしい、そしてそれを被害者にさせないでほしい。
というか映画業界はなんでいまだに被害に遭った人への支援をなにもしてないんだ?何百、何千といるだろう被害を受けてまともに生活をできなくなった人たちが。
映画業界がうっすらわかっていながらも放置し続けてきた結果に生まれた犯罪たちなのに、なんでそれに対しての補償や支援が今もないんだよ、なんかあるやろ。就労支援、回復のための治療サポート、やれることはいろいろあるでしょうと思うんですけど。
映画業界が被害にあった人たちの支援基金みたいなの作って寄付とか受けて、被害を受けた人たちのサポートをすればいいじゃん、なんでそういうのしてくれないんだろうと思う。
結局声をあげたことで「映画会をよくする」みたいな方向にだけ使われて被害者は置き去りのまま。
もう何もしたくない
もう性暴力に関係することを何もやりたくない。被害のその後について書いたり、被害者支援を求めたり、ピアスペースを作ったりとかそいうこと、もう全部何もかもやめて、東京から離れて、何も考えずに過ごしたい。また変わるかもしれないけど今はそんな気持ちです。
でも、じゃあ私は何をしたいのかと言われたらもうわからない。榊英雄の映画の現場はとても楽しかった。榊と性行為をしなければいけないことを除いたら、本当に楽しい現場だった。
私は22歳の頃から芝居を始めたが、一向に上手くなれたなかった。人並みに芝居をすることが全くできないまま時間が過ぎた。初めての主演映画「女の穴」も酷かった。
今考えれば、16歳の時に被害にあって感情が凍ってしまっていたので、芝居ができないのもまぁそりゃそうだろうなと思う。
それでもなんとか自分を取り戻すために(当時は無自覚であったが)芝居を続け、その中で吉田浩太さん(「女の穴」の監督)という信頼できる監督と出会い、吉田さんの舞台に出演した時に、やっと、やっとちょっと芝居というものを掴んだ気がした。
その感覚は多分自分だけではなくて、実際に芝居を始めた頃から作品を見にきてくれている人やかつてお世話になった演出家たちから「良かった」という感想をもらえるようになっていった。それがお世辞ではないことがわかるのは、それまでは感想を言うのも気まずそうにしていたし、良かったなんて言葉をくれたことのない人たちからの評価だったので、純粋に受け取れた。
その流れで私は榊作品に参加した。あの作品で私はとてものびのびと芝居をしていたと思う。作品のカメラマンであった早坂さんに芝居を面白がってもらえたのも本当に嬉しかった。やっと私は、自分のしたいお芝居を楽しんでできるようになってきたんだな、と、撮影の帰り道に嬉しくて泣けてきたことを覚えている。この方向で頑張っていけばいい、と少しずつ自分に自信が持てるようになってきた頃だった。
監督との性行為さえなければ、それさえなければ。そしたらもっと芝居のことを考えていられるのに。でもそれはきっと仕方ないことなんだと言い聞かせて、その撮影を終えた。仕方のないことだから、榊に対して恨みの気持ちもなかった。
作品が終わった後も榊から連絡が来ることがあった。夏前に舞台が決まり、練習に入った頃、当時の私の家の比較的近くに榊が監督をするドラマの撮影所があり、頻繁に「家に行く」と連絡が入った。台本を覚えたい、役について考えたい、でも榊から毎日のように連絡が来る。家には絶対に入れたくない。でも、次回作で私のキャスティングも考えているという。無視はできない、どうすればいいんだろう。相手が寝たであろうくらいの時間帯に返事を返す。次の日もまた連絡が来る。毎回断っているから機嫌が悪くなる。台本を覚えたい、役について考えたい、でも榊からの連絡をうまいこと交わさないといけない。裸の動画を送れと言われた。これで家に来たいと言わなくなるなら仕方ないと思って、撮って送った。その後私はセリフを覚えることが全くできなくなり、ご飯を食べることができなくなり、舞台の演出家とプロデューサーに「セリフも覚えられないのか」と怒られ、舞台を降板することにした。自分に何が起こっているのかも当時はよくわからなかった。セリフを覚えられない、なんてことは芝居の良し悪しとは別に、舞台に出るようになってから一度もなかった。
降板の告知をお昼12時にしないといけなかったけれど、それも体が動かなくてできなかった。それをプロデューサーにひどく怒られた。榊から被害にあっている、という自覚がなかったので誰にも一言もそんなことは言っていない。
その後自然と、お芝居をする機会は減っていった。オーディションやワークショップになんて行く気にならなかった。
それでもこうやって自分の被害を自覚して、声をあげて、ある程度治療にもつながって、またやりたいと思った。だけど実際に舞台に立ってみると、自分にはもうお芝居は無理なんだと思った。台本を読むという行為から、稽古場に行くということまで、全てが被害にあっていた当時とつながってしまって、まともな思考回路ではなくなってしまう。体も動かない。人生の中で一番やりたいと思っていたお芝居はもう私にはできないんだ、そう思った。
こんな状態の自分が、性暴力に関することをもう何もやりたくない、となった時に、じゃあ自分が何をしたいのか自分ではわからない。そんなものはないのかもしれないし、別に特段やりたいことが人生に必ず必要なのかと言われたらそうでもないのかもしれない。
もう少し回復が進めば、週に3回くらいのアルバイトとかはできるようになるかもしれない。そうすれば、家賃と光熱費、食費代くらいは稼いでなんとか生きていけるだろうか。そういう、何かの役に立たなくても自分がなんとか生きていければマシなのかもしれない。
でも、高校生の時に被害に遭っていなければ。榊からの被害に遭っていなければ、私はお芝居を好きなまま、上手くなる努力をする環境に身を置くことができたかもしれない、と思うと、絶望した気持ちになる。ただ頑張りたかった。芝居が上手くなりたかった。そしてそれをたくさんの人に見てもらって、面白かったと言ってもらいたかった。それだけでした。
一体どれだけの人がこうやって自分の夢や生きがいを奪われ、生活することすらままならない状態にされたんだろうか。未来のことはもちろん大事で、榊みたいな人間が当たり前にいる業界は変えていかなければなりません。加害者がきちんと裁かれる社会にならなければなりません。
だけど、これまで法律や社会観がおかしかった時期に被害にあった人たちのその後の人生のことも、同じくらい考えて欲しい。
これから8年、榊はある程度栄養のあるご飯を3食食べ、寝る場所が確保され、病気になったら治療を受けることができ、加害者プログラムも受けたりできるのかもしれない。私はそれが正直とても羨ましい。
何度バイトの面接を設定しても当日になると動けなくなってしまう、やっと大丈夫そうだと思ったら虫垂炎で入院。こうならないために、精神を落ちさせないために、死なないために、できる限り自分の心が楽しいと思うことをお金をかけてでもやる、そうすると「お金あるんじゃないですか」と言われる。身動きが取れない、このまま死ぬしかないのではないか、という極端な思考回路に襲われてしまうことも症状のひとつだけれど、「死ぬなんて言わないで」とそれすら否定される。
もう自分でなんとかする、ということの限界を感じています。お金のことも、精神状態のことも、セルフケアはもう限界だと思う。
安心がほしい。毛布に包まれているような安心が欲しい。もう大丈夫、このままでも大丈夫、生きていれば大丈夫、きっと大丈夫になっていく、と思わせてくれるような温かい毛布が欲しい。
1回1万円以上かかるトラウマ治療をさせてほしい。
体の痛みが少しでも取れる鍼やマッサージを受けさせてほしい。
トラウマに理解のある職場で働いて生活費を稼ぎたい。
二次加害のない社会で生きていきたい。
自分の感情が取り戻せるような、解離状態から今に戻ってこられるような楽しいことをお金を使って、誰にも責められずにしたい。
とにかく体が痛くて仕方がない。いつになったら夜を安心して過ごすことができるようになるのだろうか。お酒を飲まなくても、睡眠薬で無理やり眠らなくても、ただその時間を過ごす、ということができる日は私にやってくるのだろうか。
もう自分でできることは十分やったと思う。私たちを助けてください。
石川優実
すでに登録済みの方は こちら
