序章を無料公開いたします。「私が私を取り戻すまで 性暴力被害のその後を生きる」
2025年12月10日に新日本出版社から発売された本「私が私を取り戻すまで 性暴力被害のその後を生きる」序章を無料公開いたします。(このレターは、登録されていない方でもどなたでも読むことができます)
ぜひSNSなどでシェアしていただけたら嬉しいです。
序章 これまでのこと、これからのことを声にする
性暴力被害のサバイバー
2023年に私は、うつ病と複雑性PTSDと診断された。
私は性暴力被害のサバイバーだ。性暴力被害のサバイバーとは、「性暴力の被害から生き延び、自分らしく生きることができるようになった人を指す言葉」のことらしい。なんとなく使っていた言葉の正式な意味を今改めて検索した。
そして、「そうか。私は生き延びたのだ」と噛み締める。
自分で言うのもなんだが、私は死ぬほど性暴力被害にあったな、と思う。16歳のときにバイト先で初めて強姦被害にあってから、ざっと思い出しても大きいもので6~7件の被害にあっている。
数が曖昧なのは、今思い出して数えようと思ってもそれができなかったからだ。私の脳が、「今はやめてくれ」と拒んでいるような気がしたからだ。
数えようとするたびに、当時のそれぞれの被害の、瞬間的ではあるが確実なあの光景が脳内を占めてしまう。それは私も嫌なので、一旦深呼吸をし、雲ひとつない空を眺める。
*
こうやって心を落ち着けられるようになったのは、実は病名を診断されてからのことである。それまでは、自分の中でこのようなフラッシュバックが起こっていることにさえ気がつくことができず、延々と脳内で再生されていた。当たり前の日常になりすぎていたのだ。
そのたびになんとなく視点がぼやっとして、人と一緒にいても上の空になる。そして原因不明の体調不良に陥る。そんなことがよくあった。
これらが心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状のひとつである可能性があると知り、少しずつ自分の中でどんな反応が起こっているのか、なんとなくだが理解するようになっていった。
被害時の衝撃で脳が警戒モードになってしまった私は、「リラックスをする」ということがとても難しい。
家で好きな音楽を聴きながらまったりしているとき、大好きな男の子とベッドで抱き合いながら寝ているとき、ドライブに連れて行ってもらうとき、そういう時間を持ちたいと思いつつも、いざその場になると私の中でアラートがなる。「逃げなさい、危ない、ここにいちゃだめだ」と。
そんなときはそわそわしてどうにもならないので、お酒を飲む。2014年に私は初めて、アルコール依存症外来を訪ねた。自分にとってつらい飲み方をすることに、耐えられないと思ったからだ。当時はこれがトラウマ(心的外傷)の影響だということはわからず、それから複雑性PTSDの診断がくだるまで、断酒しては飲んで、アルコール依存症外来に行ってはやめてを繰り返していた。お酒を飲めば、感覚は麻痺【まひ】して落ち着くことができる。しかし、どこまでいっても物足りなく、飲みすぎて記憶をなくしてばっかだった。
このまま自分でもよくわからないまま死ねたらいいのにな、と常にぼんやり思っていた。そして次の日は朝起きて自分を責める日々。また飲んでしまった、なんでお前はこんなに情けない人生を送っているんだ、そんなんだからお前はずっと苦しいままなんだぞ……。
これはいったい誰の声なのだろうか。それはきっと、親であり、社会であり、その中で生きてきた私の声である。
*
これまで、つらく寂しい孤独な人生だった。世界から自分だけが切り離されているような、行き場のない、しかし表現もしきれない思いをずっと抱えていた。
けれど、ここ数年で大きく変わったことがある。それは、「私がそれに気がついた」ということ。そんな苦しみ、悲しみを抱えながら生きてきた自分に、やっと気がつくことができた。
2017年の末。#MeTooのムーブメントのなかで、初めて自分の性暴力被害についてブログで言葉にした。この時すでに、初めて被害にあってから10年以上は経っていた。性暴力にあった、ということを自覚するには、かなりの時間を要することがある。
そこからさらに7年ほどの時間を経て、今度は「性暴力被害によって傷ついていた自分」に気がついた。
現在は投薬とカウンセリングを受けているが、ここに至るまでに約20年の時を費やしてしまった。私の人生の中の大切な10、20代のほとんどがこんな状態であったことが、私は悔しくてたまらない。そして一体いつまでこのままなのだろう。
不安は簡単にはなくならず、少し良くなったと思えば、性暴力被害の報道があるたびにまた振り出しに戻るような日々。報道とセットでついてくる二次加害に何度殺されかけただろう。
でも、初めて被害にあった16歳より前に戻ることは絶対にできないのだ。一番の望みは、「暴力のない人生を送りたかったな」ということ。しかしそれは、絶対に叶【かな】わない願いなのである。
私の選択
そんな中でも、私は私で生きていくしか選択肢がない。時間も巻き戻せなければ、他の誰かになって生きていくこともできない。「死ぬ」という選択もある。が、普通にそんなの怖い。生きていたくないけれど、死にたいわけがない。痛く苦しく怖い思いなんてもうこれ以上したくない。
だから私は、私を取り戻す努力をすると決めた。今できる中で、私を取り戻すための最善なことをしようと決めた。それは、社会をよくすることでも、性暴力をなくすことでもない。「私が回復すること」だ。私が回復するために、社会をよくしたり性暴力をなくす活動が必要ならその活動もしよう。しかしそれは、私にとって第一優先にはしない。
とにかく私は、性暴力被害のその後の人生をありのまま発信しようと決めた。性暴力被害のサバイバーが、日本社会にあまりにも存在していないかのように感じるからだ。これは私の想像だけど、ただでさえ被害の後遺症でしんどい思いをしているのに、発信する気力なんか残っている人はそんなに多くないと思う。その結果、サバイバーの生活は見えなくなっているのではないか。幸い私は、書くことがあまり苦ではない。書くことによって、頭の中が整理され、すっきりする。私にとって書くことは、確実に回復につながっていると感じる。そのようにしてこちらの困りごとが社会に伝わって、対策がとられてほしい。そういう思いで書いている。
この数年、SNSでの発信に限界と苦痛を感じていたので、発信場所はthe Letter(以下、適宜レターと表記)というニュースレターのプラットフォームに絞ることにした。私の書くものを読みたいと思ってくれる人に届けたい。バズらなくても、センセーショナルな話題でなくとも、まずは私の思いを捻じ曲げられずに伝えることが大切だし、そういう環境を求めていたからだ。
これは、あくまで「私」の選択だ。社会をよくするために行動をするサバイバーがいてもいいし、何もしないサバイバーがいてもいい。一番大切なのは、それを「自分が選択する」ということだ。
初めて被害にあったときのまだ幼かった自分、それから自分ではない人のように生きてきた20代の私、社会を変えるために結構頑張った(よね?)30代。それらの私を全部抱きしめて、一緒にこれから先の人生に向かっていきたい。
*
サバイバーである私は、「無理しないでね」と声をかけられることが本当に多い。実際に自分には休みが必要だった。特に2019年、職場で女性へヒールやパンプスを強要することは性差別だという#KuToo運動を始めてから、2022年には映画監督・俳優である榊英雄氏からの性暴力を告発するなど、自分にとってやることがとても多く、休むことができなかった。なので2024年はできる限り休ませていただいた。
そんな中で、同じサバイバーの知人に「普通の人と同じように、無理をしたいときはしてもいいと思う。石川さんが無理をするときは絶対に支持します」という言葉をもらった。このとき私は、心の奥から活力が湧いてくる感覚になった。そう、そろそろ私はちょっと無理がしたいと思い始めていたのだろう。
本来休んでいるのはあんまり性格に合わない。動きたいときにわーーっと動いて、電池が切れたように休む、というのが私っぽい(しいたけ占いにも大体いつもそう書いてある)。
でもこれも、2024年にたくさん休めたからこそ湧き上がってくるものなのかもしれない。
本書について
今回の書籍化にあたっては、the letterで発信してきた記事を読みやすいものになるように取捨選択、加筆修正しています。もしよかったら、本書には収録できなかったものもぜひ読んでもらえたら嬉しいです(必要なのはメールアドレスの登録のみ、無料でお読みいただけます!)。レターでは、鶏そぼろご飯を作るのにはまっているとか、朝の散歩をしたとか、最近好きな人ができて浮かれているとか、そういうなんでもない日常をたくさん綴っていて、でもそんな取るに足らないような日常も、性暴力サバイバーである私の大切な一部で、宝物のようなものです。
1章では、主に複雑性PTSDの診断を受ける前後のレターを収録しました。被害の及ぼす影響をありのまま知ってもらえるように、率直にしんどい思いを吐露しています。
2章は、性暴力や性売買は個人の問題ではなく、社会の問題だとして提起するレターをまとめました。
3章は、性暴力被害の影響を受けて過ごす毎日ではありますが、その中でする選択や確かにある回復、この書籍のタイトルにもなっている「私を取り戻す」ためにしているいろんなことをまとめました。
各章それぞれでレターは時系列になっています。日付はレターの投稿日で、1週間の出来事をまとめているものもあります。また、本書では「PTSD」と「複雑性PTSD」を使い分けました。一般的なPTSDの症状などに触れるときは「PTSD」として、私自身の症状について書くときは「複雑性PTSD」としています。
正直この本のために再度自分の書いた文章を読み直したとき、びっくりするくらいしんどい思いをしました。あぁ、私こんなにひどい状態だったんだ、と。書いた本人がそうなので、読んでくださる皆さんからしたらもっと大変かもしれません。どうか、ご自身の体調の優れないときは、読むのを中断してください。何よりも、皆さんが心穏やかに過ごす時間を増やせることが、私の望んでいることです。あなたが読みたい、と思ったときに読んでくださいね。
<目次>
-
序章 これまでのこと、これからのことを声にする第1章 性暴力被害の後を生きていく どの道を選んでもマシでしかない 心療内科と診断 とはいえ休まないとやばそう 安心して働ける場所 動きたいのに動けない 自分の気持ちを麻痺させてた 告発を称賛する前に 体調不良(いつもだけど) 寂しいを受け入れる 「死にたい」と言えること フラッシュバック、過去と今 好きになる人の傾向第2章 女を脱がせようとする社会で 「使い勝手いいもんな」 水着の仕事の価値について 「何で今更」の先へ ニュースによる二次加害 苦しさを訴える労力 性産業と性暴力被害 傷が少しでも癒えますように PTSDの症状と知ってほしいこと 他人と比べずに傷を見つめる 自分の裸が一生消えない 就労移行支援へ第3章 私が私を取り戻す道 フェミニズムカフェへの思い 自分なんて好きになれませーん LINEでモヤモヤを愚痴る ボイトレ教室の発表会 選択権を取り戻すこと 自分のことを自覚する そのまま、ただ聞くということ 依存症の回復について カウンセリングで話すこと 症状を引き受ける できる無理はする 自分の回復のために 生きていればいいかも寄稿 〈尾根〉に立ちすくむ 精神科医・清水加奈子
著者情報ーーーーーーーーーーーー
石川優実
1987年生まれ、岐阜県出身。俳優、性暴力サバイバー。2005年に芸能界入り。2017年末、「#MeToo」ムーブメントを受け、芸能界で経験した性暴力について声をあげる。それ以降ジェンダー平等を目指し活動。2019年、職場で女性のみにヒールやパンプスを義務付けることは性差別であるとし、「#KuToo(クートゥー)」運動を展開。厚生労働省へ署名を提出した。同年10月、英BBCが選ぶ世界の人々に影響を与えた「100 Women」に選出。2022年2月には、ブログで映画界での性暴力を告発した。2023年、うつ病と複雑性PTSDの診断を受け、現在は自身の回復のため、試行錯誤する日常をニュースレター「for myself」でありのまま発信している。著書に、『#KuToo 靴から考える本気のフェミニズム』(2019年、現代書館)、『もう空気なんて読まない』(2021年、河出書房新社)などがある。
すでに登録済みの方は こちら