【連載】私が私を取り戻す日記

①はじめに
石川優実 2024.12.31
誰でも

2024年12月31日。もう今年も終わる。

どんな1年だっただろう、と聞かれたら、「とにかく休んだ1年」だった。
2023年に私は、うつ病と複雑性PTSDと診断された。

私は性暴力被害のサバイバーだ。性暴力被害のサバイバーとは、「性暴力の被害から生き延び、自分らしく生きることができるようになった人を指す言葉」のことらしい。実は私もなんとなく使っていた言葉の正式な意味を今改めて検索し、AIに教えていただいた。

そして、「そうか。私は生き延びたのだ」と噛み締める。

***

自分で言うのもなんだが、私は死ぬほど性暴力被害に遭ったな、と思う。16歳の時にバイト先で初めて強姦被害に遭ってから、ざっと思い出しても大きいもので6.7件の被害に遭っている。

数が曖昧なのは、今思い出して数えようと思ってもそれができなかったからだ。私の脳が、「今はやめてくれ」と拒んでいるような気がしたからだ。

確かに、年末のこんな天気の良い日に詳細は思い出したくない。数えようとするたびに、当時のそれぞれの被害の、瞬間的ではあるが確実なあの光景が脳内を占めてしまう。それは私も嫌なので、一旦深呼吸をし、雲一つない空を眺める。

こうやって心を落ち着けるようになったのは、実は病気を診断されてからのことである。それまでは、このようなフラッシュバックが起こっていることにさえ気が付くことができず、延々と再生されていた。当たり前の日常になりすぎていたのだ。

そのたびになんとなく視点がぼやっとして、人と一緒にいても上の空になる。そして原因不明の体調不良に陥る。そんなことがよくあった。

これらが心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状のひとつである可能性があると知り、少しずつ自分の中でどんな反応が起こっているのか、なんとなくだが理解するようになっていった。

被害時の衝撃で脳が警戒モードになってしまった私は、「リラックスをする」ということがとても難しい。

家で好きな音楽を聴きながらまったりしている時、大好きな男の子とベッドで抱き合いながら寝ている時、ドライブに連れて行ってもらう時、そういう時間を持ちたいと思いつつも、いざその場になると私の中でアラートがなる。

「逃げなさい、危ない、ここにいちゃだめだ」と。

そわそわしてどうにもならないので、お酒を飲む。お酒を飲めば、感覚は麻痺して落ち着くことができる。しかし、どこまで行っても物足りなく、飲みすぎて記憶をなくしてばっかだった。このまま自分でもよくわからないまま死ねたらいいのにな、と常にぼんやり思っていた。

そして次の日は朝起きて自分を責める日々。また飲んでしまった、なんでこんなに情けない人生をお前は送っているんだ、そんなんだからお前はずっと苦しいままなんだぞ・・・

これはいったい誰の声なのだろうか。それはきっと、親であり、社会であり、その中で生きてきた私の声である。

今日まで、つらく寂しい孤独な人生だった。世界から自分だけが切り離されているような、行き場のない、しかし表現もしきれない思いをずっと抱えていた。

けれど、ここ1年で大きく変わったことがある。それは、「私がそれに気が付いた」ということ。そんな苦しみ・悲しみを抱えながら生きてきた自分に、やっと気が付くことができた。

2017年の末。初めて自分の性暴力被害について言葉にした。この時すでに、初めて被害に遭ってから10年以上は経っていた。性暴力に遭った、ということを自覚するには、かなりの時間を要することがある。

そこからさらに7年ほどの時間を経て、今度は「性暴力被害によって傷ついていた自分」に気が付いた。現在は投薬とカウンセリングを受けているが、ここに至るまでに20年以上の時を費やしてしまった。私の人生の中の大切な10・20代のほとんどがこんな状態であったことが、私は悔しくてたまらない。そして一体いつまでこのままなのだろう。

不安は簡単にはなくならず、少し良くなったと思えば性暴力被害の報道があるたびにまた振り出しに戻るような日々。報道とセットでついてくる二次加害に何度殺されかけただろう。

でも、初めて被害にあった16歳より前に戻ることは絶対にできないのだ。一番の望みは、「暴力のない人生を送りたかったな」ということ。しかしそれは、絶対に叶わない願いなのである。

そんな中でも、私は私で生きていくしか選択肢がない。時間も巻き戻せなければ、他の誰かになって生きていくこともできない。「死ぬ」という選択もある。が、普通にそんなの怖い。生きていたくないけれど、死にたいわけがない。痛く苦しく怖い思いなんてもうこれ以上したくない。

だから私は、私を取り戻す努力をすると決めた。今できる中で、最善なことをしようと決めた。
それは、社会が良くなることでも、性暴力がなくなること、でもない。「私が回復すること」だ。

私が回復するために、社会がよくなったり性暴力がなくなることが必要ならその活動もしよう。しかしそれは、私にとってそれは第一ではない。

これは、あくまで「私」の選択だ。社会をよくするために行動をするサバイバーがいてもいいし、何もしないサバイバーがいてもいい。一番大切なのは、それを「自分が選択するということ」だ。

初めて被害に遭った時のまだ幼かった自分、それから自分ではない人のように生きてきた20代の私、社会を変えるために結構頑張った(よね?)30代。それらの私を全部抱きしめて、一緒にこれから先の人生に向かっていきたい。

***

冒頭で私は、2024年を「とにかく休んだ1年だった」と書いた。サバイバーである私は、「無理しないでね」と声をかけられることが本当に多い。実際に自分には休みが必要だった。特に#KuToo運動が始まってから、2022年の映画界の性暴力の告発など、自分にとってやることがとても多く、休むことができなかった。なので今年はできる限り休ませていただいた。

そんな中で、同じサバイバーの知人に「普通の人と同じように、無理をしたいときはしてもいいと思う。石川さんが無理をするときは絶対に支持します」という言葉をもらった。この時私は、心の奥から活力が湧いてくる感覚になった。そう、そろそろ私はちょっと無理がしたいと思い始めていたのだろう。

本来休んでいるのはあんまり性格に合わない。動きたいときにわーーっと動いて、電池が切れたように休む、というのが私っぽい。(しいたけ占いにも大体いつもそう書いてある)

でもこれも、今年たくさん休めたからこそ湧き上がってくるものなのかもしれない。

そんな思いに突き動かされて、ちょっと無理してこの連載を始めてみようと思いました。
どれくらいの更新頻度になるかはわからないけれど、どうしても1年の終わりに宣言しておきたくて、ちょっと無理をして書きました。(ほめて)

普段の日記とは別で、過去のから今までを振り返る読み物にしたいと思っています。
引き続き読んでいただけたら幸いです。サポートもお待ちしております。

それでは2025年が皆様にとってよい1年になりますように。

おやすみなさい。

石川優実

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